ヒトの健康維持や寿命、あらゆる疾患に大きな影響を持つ腸内細菌
はじめに
腸内細菌に関する精力的な研究により、生活習慣病やがんを始めとする疾患の発症、増悪に腸内細菌が関与することが明らかにされてきた。ヘリコバクター・ピロリ菌の発見によりこれまで日本人を苦しめてきた胃がんの原因が明らかにされ、ピロリ菌に対する除菌療法も開発、保険適応となった。しかしながら依然として4万人弱の人が胃がんで亡くなっている現状は大きく変化していない。内視鏡検診を含めた早期発見、がん予防対策が日本ではうまく働いていないとも言える。
さて、腸内細菌叢の遺伝子を標的にした次世代シーケンサーの発達もあり、多くの疾患との関連が明らかにされてきている。腸内細菌叢の占有率に関して、日本人の特徴的細菌叢分布、世代別分布の違い、ブリストル便性状スコア毎の分布、性差による相違、糖尿病など生活習慣病と健常人との違いなど数多くの成果が報告された。最近では、腸内細菌あるいはその代謝物が、疾患だけでなくヒトの寿命そのものや健康寿命に影響をあたえる重要な要因として考えられ、研究も加速しているようである。最近のトピックスを中心に腸内細菌と疾患との関連を紹介した。
日本人の腸内細菌叢解析によるエンテロタイプ5型分類
2011年、Arumugam ら(1)はエンテロタイプといった概念を提唱し、3つのタイプ、1型(B型、Bacteroides型)、2型(P型、Prevotella型)、3型(R型、Ruminococcus型)の3型分類を提唱した。高脂肪食と相関したのは1型、高炭水化物摂取と相関したのは2型と、食事内容が腸内細菌叢に影響することが明らかとなった。ヨーロッパとアフリカの子供の腸内細菌叢を比較した成績でも、西洋食を食べているヨーロッパの子供は1型(B型)であり、アフリカの子供は2型(P型)であり、生まれてからの長期的な食事はエンテロタイプと相関する。さらに、3型(R型)は1と2の中間型のRuminococcus属が多いタイプで日本やスウェーデンに多く見られるタイプとされてきた。しかし、西洋食を食べているヨーロッパの子供のほとんどが1型(B型)に分類される分類では、疾患との関連などを研究するには適切でないとの考えもあった。
2017年、Natureにエンテロタイプの発展型である4型分類が報告され、その後、盛んにこの4型分類が使用されている(2)。細菌量の定量情報と16S rRNA メタゲノム情報により、4つのエンテロタイプが提唱された。B1型(Bacteroides 1型, B1)、B2型(Bacteroides 2型、B2)、P型(Prevotella型、P)、R型(Ruminoccoccaceae型、R)の4種である。
しかしながら、日本人の腸内細菌叢構成は諸外国とは異なる特徴的細菌叢構成を示すことが明らかにされており(3)、日本人の腸内細菌叢をこのエンテロタイプに外挿するのは困難であることが知られている。最近、われわれは日本人の腸内細菌叢を特徴づけるエンテロタイプの解析に着手し、健常人と種々の疾病有病者合計1,803 名の糞便検体を用いて腸内細菌叢解析(16S rRNA V3-V4アンプリコンシーケンス解析)を実施し、そのプロファイル解析を実施した(4)。人工知能を利用した解析の結果、日本人では 5 つのエンテロタイプに分類されること、とくに、Bifidobacterium 属が優勢なエンテロタイプが日本人に特徴的であること、さらには,それぞれのエンテロタイプが疾患の有病率に関連していることを報告した(図1、2)。
健常人は主にB型、E型に含まれることが多く、A群、D群では様々な疾患のリスクが高い結果となった。最も健康な人の割合が高かったタイプEと比較すると、老化によって増える加齢性疾患の一つである心血管疾患になるリスクは、タイプAでは14倍、タイプDは9倍も高かった。糖尿病のリスクはタイプEと比べ、タイプAで12.5倍、タイプDで12.7倍であった。タイプBには、脂肪の吸収を抑える〝ヤセ菌″として注目されているバクテロイデス属の腸内細菌が多く、タイプEは、食物繊維の摂取量が多い人によくみられる善玉菌のプレボテラ属の細菌が多いのが特徴である。タイプDはビフィズス菌が多いのが特徴的であるが、炎症性腸疾患、機能性胃腸症、糖尿病など種々の疾患リスクも高い。ビフィズス菌が悪玉菌であることを意味しているのではなく、今後の評価が必要である。まずは自分のエンテロタイプを知り、その情報を利用しながら栄養指導を実施したり、特定の食あるいは機能性食成分の有効性を評価することが必要ではないかと考えている。
健康長寿と腸内細菌叢
京都府・京丹後市は人口10万人あたりの百寿者が約160人と全国平均の3倍近くで、日本有数の長寿地域である。京丹後市民の腸内細菌叢には何らかの特徴があると考え、京丹後市と京都市内の高齢者(65歳以上)各51名の腸内細菌叢を年齢・性マッチング比較解析を実施した。結果、α多様性(Chao 1、Shannon)には有意な差はないが、主座標分析によるβ多様性にはUniFrac Distanceに有意な違いが認められた。さらに属レベルの比較では、京丹後市の高齢者に占有率が有意に高い上位4属がClostridium cluster XIVaに分類される酪酸産生菌であった(図3)(5)。酪酸産生菌の増加が長寿の原因なのか、結果なのかはこの研究だけからは判断できないものの、これまでの研究は酪酸菌の産生する酪酸が宿主に多様な影響をあたえることを示している(6)。
さらに、最近の解析では京丹後市民のサルコペニア、フレイルの定義に該当する住民の割合が極めて少なく、酪酸菌の関与を示唆する成績も得られている。酪酸は制御性T細胞誘導、形質細胞からのIgA分泌亢進、炎症抑制型マクロファージの誘導などの炎症・免疫応答への作用だけでなく、フレイルやサルコペニアに対して抑制性に作用することも報告されている。この酪酸菌の占有率が高いことの理由についての詳細は解析中ではあるが、植物由来の水溶性、不溶性食物繊維の継続的な摂取が影響していると考え、栄養調査を実施している。
生物学的年齢としてのgAgeTM (ジーエイジ)
最もわかりやすく加齢を表す指標は暦年齢であるが、ヒトの老化は必ずしも個々が同じスピードで起こるものではなく、老化の進行の程度を判定するには暦年齢とは別の老化指標が必要である。加齢に伴う種々の臓器の機能の低下過程を反映し、身体機能低下から推定される生物学的年齢が提案されている。生物学的年齢と腸内細菌叢に関する最新学術背景から、腸内環境から生物学的年齢を推定する指標として「腸年齢」(gAgeTM、ジーエイジ:gut clock of aging)を提案した(図4)。gAgeTM はヒトを対象にした臨床介入試験のバイオマーカーとして使用することが可能と考えられる。さらに、gAgeTMを定義することにより、健康寿命延長に向けた新しい戦略を提案することが可能となる。
具体的には、gAgeTM は臨床的腸年齢(gAge-clinic)とデータ型腸年齢(gAge-data)、さらにはそれらを統合したgAgeTMを考えている。それぞれgAgeTMを促進するアクセル項目と抑制するブレーキ項目がある。例えば、臨床的腸年齢(gAge-clinic)には、図5に示すようなアクセル項目とブレーキ項目が考えられる。例えば、便秘という項目はすでに文献的にも便秘症状が死亡率を上昇させることが欧米でも日本でも確認されているため、週3回以下の排便回数には「+1」、週4回以上の排便回数には「-1」をポイントする。食生活に関しても、地中海食indexや抗炎症食indexなどがすでに提案され、腸内細菌叢の改善作用が証明されているものもあり、indexを指標に-1、+1点をポイントしていく。最終的には、
臨床的腸年齢(gAge-clinic)=暦年齢+Σ(各要因ポイント)
として計算される。今後、さまざまな領域で評価を実施し、改定をし、完成形に近づけたいと考えている。
終わりに
人生100年時代の健康栄養学において腸内細菌、腸内環境の役割を考慮することは重要である。叢となってグループを形成している腸内細菌叢がもっとも大きな影響を与えているのは宿主であるヒトの健康維持であり、寿命ではないかと考える。今回、エンテロタイプ分類あるいはgAgeTMといった考え方を提案し、今後の健康長寿プロジェクトへの期待を示した。執筆の機会をいただいたことに深謝申し上げるとともに、栄養学と腸内細菌叢の間には解決すべき課題が山積みであることを強調したい。
参考文献
1. Arumugam M, Raes J, Pelletier E, Le Paslier D, Yamada T, Mende DR, Fernandes GR, Tap J, Bruls T, Batto JM, Bertalan M, Borruel N, Casellas F, Fernandez L, Gautier L, Hansen T, Hattori M, Hayashi T, Kleerebezem M, Kurokawa K, Leclerc M, Levenez F, Manichanh C, Nielsen HB, Nielsen T, Pons N, Poulain J, Qin J, Sicheritz-Ponten T, Tims S, Torrents D, Ugarte E, Zoetendal EG, Wang J, Guarner F, Pedersen O, de Vos WM, Brunak S, Dore J, Meta HITC, Antolin M, Artiguenave F, Blottiere HM, Almeida M, Brechot C, Cara C, Chervaux C, Cultrone A, Delorme C, Denariaz G, Dervyn R, Foerstner KU, Friss C, van de Guchte M, Guedon E, Haimet F, Huber W, van Hylckama-Vlieg J, Jamet A, Juste C, Kaci G, Knol J, Lakhdari O, Layec S, Le Roux K, Maguin E, Merieux A, Melo Minardi R, M’Rini C, Muller J, Oozeer R, Parkhill J, Renault P, Rescigno M, Sanchez N, Sunagawa S, Torrejon A, Turner K, Vandemeulebrouck G, Varela E, Winogradsky Y, Zeller G, Weissenbach J, Ehrlich SD, Bork P. Enterotypes of the human gut microbiome. Nature. 2011;473(7346):174-80.
2. Vandeputte D, Kathagen G, D’Hoe K, Vieira-Silva S, Valles-Colomer M, Sabino J, Wang J, Tito RY, De Commer L, Darzi Y, Vermeire S, Falony G, Raes J. Quantitative microbiome profiling links gut community variation to microbial load. Nature. 2017;551(7681):507-11.
3. Nishijima S, Suda W, Oshima K, Kim SW, Hirose Y, Morita H, Hattori M. The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness. DNA Res. 2016;23(2):125-33.
4. Takagi T, Inoue R, Oshima A, Sakazume H, Ogawa K, Tominaga T, Mihara Y, Sugaya T, Mizushima K, Uchiyama K, Itoh Y, Naito Y. Typing of the Gut Microbiota Community in Japanese Subjects. Microorganisms. 2022;10(3):664.
5. Naito Y, Takagi T, Inoue R, Kashiwagi S, Mizushima K, Tsuchiya S, Itoh Y, Okuda K, Tsujimoto Y, Adachi A, Maruyama N, Oda Y, Matoba S. Gut microbiota differences in elderly subjects between rural city Kyotango and urban city Kyoto: an age-gender-matched study. Journal of clinical biochemistry and nutrition. 2019;65(2):125-31.
6. 内藤裕二. 酪酸菌を増やせば健康・長寿になれる. 東京: あさ出版; 2022. 149 p.
内藤裕二(ないとう・ゆうじ) 昭和58年京都府立医科大学卒業,平成13年米国ルイジアナ州立大学医学部分子細胞生理学教室客員教授,平成21年京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学准教授,平成27年本学附属病院内視鏡・超音波診療部部長,令和3年京都府立医科大学大学院医学研究科生体免疫栄養学講座 教授〜現在に至る.
日本酸化ストレス学会理事長,日本消化器病学会財団評議員,日本消化器内視鏡学会財団評議員,近畿支部長,日本消化器免疫学会理事,日本抗加齢医学会理事,農林水産省農林水産技術会議委員,2025大阪・関西万博大阪パピリオンアドバイザー
専門は消化器病学,消化器内視鏡学,抗加齢学,腸内細菌叢.
著書に消化管(おなか)は泣いています ダイヤモンド社 東京 2016年,人生を変える賢い腸のつくり方 ダイヤモンド社 東京 2016年,すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢〜基本知識から疾患研究、治療まで 羊土社 東京 2021年など多数.