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プロバイオティクスとは

エビデンス蓄積が進むプロバイオティクスと未来の創薬

 近年、プロバイオティクスの臨床上の有用性を示唆するデータが蓄積されており、医療の世界で大きな注目を集めている。

 プロバイオティクス(probiotics) は、もともと「共生」を意味する「probiosis」を語源としており、1989 年、イギリスのRoy Fuller氏により「腸内フローラのバランスを改善することにより人に有益な作用をもたらす生きた微生物」と定義された。その後、FAO/WHOのワーキンググループにより、「適正な量を摂取した時に、宿主の健康に有益な作用をもたらす生きた微生物」という定義がガイドラインで定められた。

 プロバイオティクスの要件として、①安全性が十分に担保されていること、②胃液や胆汁酸によっても死滅せず、腸内に到達できること、③腸内で定着・増殖できること、④宿主に有益な作用をもたらすこと、などがあるが、これらを満たす細菌として、 LactobacillusBifidobacterium属があり、実際にプロバイオティクス株として多く使用されている。

より強いエビデンスや作用機構の解明が必要

 よく用いられるこれらのプロバイオティクスの株のなかには、すでに医療用「医薬品」や「OTC医薬品」に利用されているものもあるが、医療用医薬品にしてもその効果や効能は、「腸内細菌叢の異常による諸症状の改善」といった漠然としたものが多く、有効性評価試験におけるエビデンスレベルも高くなく、作用機序も十分には説明されていないのが現状だ。そのため、明確かつ具体的な使用用途があるというよりは、何らかの補助的効果を期待するような使われ方が多いというのが実状だろう。

 国際的に見ると、プロバイオティクスは安全な食品・栄養補助食品として分類されている。しかし、アメリカ食品医薬品局(FDA)や欧州食品安全機関(European Food Safety Authority) では、プロバイオティクスを疾患の予防・治療のために使うことを承認していない。その理由としては、誤った特性評価や健康強調表示、あるいは作用機序の説明不足、ヒト試験での十分な効果を示すことができていない、などがあげられる。

 一方で、プロバイオティクスは、菌株の違いによってそれぞれが異なる効能を持つため、多様な疾患の予防や治療の可能性に対する期待が高まっている。しかし一方で、食品サプリメントとして使われている特定の機能を持つプロバイオティクスが医薬品として承認されるためには、さらに強いエビデンスや作用機序解明、そしてプロバイオティクスの医薬品としての活用に関するきちんとした法整備が必要である。

注目されるシンバイオティクスの分野

 プロバイオティクスは、その効果として病原体に対する防御作用、病原細菌の腸上皮細胞への付着阻害作用、代謝機能の改善、免疫機能の増強、中枢神経系の調節などの効果が報告されている。さらに、胃腸障害・抗生物質関連下痢・感染症予防・アレルギー・認知機能の向上など、プロバイオティクスを臨床で実際に使用することを支持するデータも次第に蓄積されてきている。

 また、プロバイオティクスの働きを助け、特定の細菌の増殖および活性を促し、宿主に有益な影響を与え、健康を改善する食品成分はプレバイオティクスとよばれる。さらに、プロバイオティクスとプレバイオティクスを組合わせたものはシンバイオティクス(synbiotics) とよばれ、医薬品としての可能性も検討されている。シンバイオティクスの概念は1995年に英国の微生物学者Glenn R. Gibson氏らにより提唱され、2019 年のプロバイオティクスおよびプレバイオティクス国際科学会議(ISAPP) の合意声明において、定義が整理された。

 シンバイオティクスは、プロバイオティクス単独、あるいはプレバイオティクス単独の使用と比較するとより強い効果が期待できることが、複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析するメタアナリシス論文で報告されるようになり、ヒト試験でのエビデンスの蓄積とともに臨床への応用が注目されている。

次々に報告されるシンバイオティクスの学術的見解

 実際の臨床の場ではどのような研究がなされているのか。外科手術やがん化学療法、救命救急などで高度な侵襲下にある患者においては、術後や治療後の感染性合併症の抑制が、患者の予後を大きく左右する重要な課題である。このような高度侵襲下の患者では、腸内細菌叢が重篤なダメージを受けて構成異常を起こしている状態(ディスバイオーシス~dysbiosis) に陥っていることが多くの臨床研究で明らかにされている。 近年、このディスバイオーシスと感染性合併症の関連性が示されており、腸内細菌叢のディスバイオーシスの改善が感染性合併症の抑制につながる可能性があり、重要なターゲットと考えられている。

 通常、感染性合併症の予防には抗菌薬が有効であるが、抗菌薬自体が腸内細菌叢を破壊し、ディスバイオーシスを誘導するリスクがあることや、抗菌薬の使用拡大は国際的にも大きな問題となっている薬剤耐性菌の出現や医療費の圧迫を引き起こしかねないとの指摘がある。そのような背景から、抗菌薬に頼らない新たな感染性合併症の予防手段として、シンバイオティクスの臨床への応用が世界的に注目されている。

 医療においては、「根拠(エビデンス)に基づく医療」(evidence-based medicine、略してEBM)が原則であり、根拠に基づいた治療法の評価が重要視されていることから、臨床で用いられるシンバイオティクスについても医薬品に匹敵する厳しいエビデンスレベルが要求される。そのため、研究の対象者を2つ以上のグループに無作為に分け、治療法などの効果を検証する無作為化比較試験(RCT)が複数実施されている。また、複数のRCTの結果を統合し、メタアナリシスによる解析が複数試みられている。

 例えば2018年、Wu氏らにより、周術期(術前、術中、術後のそれぞれの段階)の患者におけるシンバイオティクスの有用性に関するメタアナリシスの論文が報告されている。この論文では、周術期のシンバイオティクスの利用が、感染性合併症を減少させ、QOLを改善するとともに、副作用も少なく、病院側のコストも低減されることから、外科患者の補助療法として推奨されている。

 また、2020年にDarbandi氏らは、腸直腸がんの周術期患者へのプロバイオティクスやシンバイオティクスの使用に関するメタアナリシスから、抗生物質使用期間を大幅に減少させる可能性があると報告している。

 Batra氏らは、重症ICU 患者の人工呼吸器関連肺炎(VAP)予防に関するメタアナリシス解析では、プロバイオティクスおよびシンバイオティクスがVAPの頻度、人工呼吸器の使用期間、在院日数などを有意に減少させることを報告している。また、大阪大学の清水健太郎氏らのメタアナリシスにおいても、重症ICU 患者の重篤な下痢症状の軽減にシンバイオティクスが有効であるとしており、救命救急領域のきわめて重症度の高い患者でシンバイオティクスのエビデンスが蓄積されてきている。

 こうした報告から、エビデンスレベルの高い厳密なRCTにて有効性が明らかになっている症例については、シンバイオティクスを積極的に使用することが望まれる。

増加するディスバイオーシスを改善する創薬研究

 現代社会は、食事や生活スタイルの変化、抗菌薬などの薬剤使用の増加により、腸内細菌叢のディスバイオーシスが生じやすくなっているといえる。また、大規模な臨床研究により、腸内のディスバイオーシスが多様な疾患と深く関わっていることが明らかになってきた。さらに、これら腸内ディスバイオーシスと疾患との因果関係が動物モデルで再現され、腸内細菌叢などの共生細菌集団(マイクロバイオータ)が疾患に与える作用機構の解明につながっている。

 特定の腸内細菌の欠損(減少)または増加と疾患感受性や病態変化との関連性、そしてその根底にある作用機構の理解は、腸内細菌をターゲットにした新分野による創薬アプローチの開発基盤を提供している。

 実際に、腸内マイクロバイオータを構成する菌や、食事因子による組成の変化、腸内細菌間の相互作用や宿主への影響についての理解が深まるにつれて、疾患を治療・予防し、健康を増進させることを目的としたマイクロバイオーム創薬企業が多数設立されている。

 腸内ディスバイオーシスとそれによって引き起こされる様々な疾患や体調不良を改善させる方法として、現在、臨床の現場、あるいは創薬の可能性を探る研究まで、現在、非常に多くの積極的なアプローチがなされている。

金 倫基(きむ ゆんぎ)

慶應義塾大学薬学部生化学講座教授

2005年北里大学大学院薬学研究科博士課程を修了

2006年University of Michigan Medical School Post-Doctoral fellow

2011年筑波大学医学医療系助教

2013年University of Michigan Medical School Research Investigator

2015年Vedanta Biosciences, Inc, Senior Scientist

2016年慶應義塾大学薬学部生化学講座准教授

2018年より現職

2020年、PMDAマイクロバイオーム研究に基づいた細菌製剤に関する専門部会委員

2021年より腸内デザイン学会理事、日本免疫学会・評議員、日本臨床腸内微生物学会・評議員。

自然免疫受容体Nod-like receptorsやHost-Pathogen-Microbiotaの相互作用についての研究に従事。現在は腸内細菌による疾患制御についての研究を行っている。Vedanta Biosciences, Inc.では再発性Clostridioides difficile感染症に有効な腸内細菌カクテルVE303の開発に従事。これまでに第 II 相試験が良好な成績で終了している。