Uバンクプロジェクトがめざす腸内細菌叢のデータベースの構築
ヒトの腸内には、1000種類以上、数にして約100兆個ともいわれる細菌がいる。近年、「腸内細菌」は腸だけでなく、全身の健康やダイエット、美容にも深い関わりがあることがわかっている。関心の高さは、「腸活」や「腸内フローラ」などの言葉を見聞きする機会が増えていることにも現れている。
特に、最新の研究では腸内細菌が、「がん治療」に影響を及ぼすことが次々と報告されている。がん治療の効果の良し悪しに、「腸内細菌」が関わっているのだ。
特に、外科治療、放射線治療、抗がん剤治療に続く「第4のがん治療」と称される「がん免疫療法」では、腸内細菌との関わりを探る研究が進んでいる。
そのひとつが、昭和⼤学(東京)を中⼼とした「Uバンク(便バンク)」プロジェクト。同⼤学を中心に、全国約20施設から患者の便を集めて腸内細菌を分析し、⼈⼯知能(AI)を用いて、最新のがん治療薬と腸内細菌との関わりを明らかにしようというものだ。
「Uバンクプロジェクト」を主宰する、昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科部門の角田卓也主任教授は、「腸内細菌が、がん免疫療法の効果を決めている」と言う。
「免疫チェックポイント阻害剤による治療が「効く⼈」と「効かない⼈」には、腸内細菌叢(フローラ)の違いがあります。
がん免疫療法は従来の抗がん剤を用いる方法とは異なり、自らの“免疫の力”を利用してがんを攻撃する治療法です」
「がん細胞から見ると、私たちが持っている異物を排除する免疫からの攻撃はとても大きなストレスです。すると、がん細胞は自らの遺伝子を変えて、生き延びようとします。この変化により新たな変異が生まれ違うネオアンチゲン(がん細胞で起こる遺伝子異常、遺伝子変異)が出てくるが、ヒトのT細胞(免疫細胞)は『10の18乗』つまり100京個のパターンを持っていて、何でも認識できます。
従来の抗がん剤では、がん細胞が変化すると効かなくなるが、免疫療法は、バラエティに富んだ免疫力で、変化するがん細胞をT細胞が追い詰める―ー―これが、『カンガルーテール』が起きる理由ではないかと推察しています」
*「カンガルーテール」:治療の効果がカンガルーの尾(テール)のように長く続く現象。
腸内細菌にまつわるビッグデータをもとに治療の可能性を大きく切り拓く
「その免疫に大きな影響を与えるのが腸内環境。治療前に抗生物質薬を投与されたかの有無、食物繊維20g以上食べていたか、には治療効果に違いがあることもわかっています。
また、便中にある短鎖脂肪酸の値が高い人は、免疫チェックポイント阻害剤が効きやすい、という論文を京都大学が発表しています」
「短鎖脂肪酸の値による違いは、血中ではなく便中。どういう腸内細菌を持っている患者さんに効果があるのか、どのような腸内細菌に変えると効果があるのか、という点についても解析していきたい」(角田教授)
腸内細菌叢は、欧米人と日本人では大きく異なる可能性がある。そのため角田教授らは、「Uバンク」で日本人の腸内細菌叢の巨大データベースを構築し、免疫チェックポイント阻害剤などとの関係の解明を進めている。
腸内細菌と病気の関わりは、がんに限らず、さまざまな病とも関係がある。たとえば、糖尿病など⽣活習慣病や、うつ病などの心の病、花粉症などに代表されるアレルギー疾患などだ。
Uバンクでは、これまでに集まった腸内細菌にまつわるビッグデータをもとに、がん以外にも肝炎や不妊症などの関わりも研究を始めている。
がん免疫療法が「効く⼈」と「効かない⼈」の腸内細菌は、どう違うのか? どの腸内細菌が、がん免疫療法の効果を高めているのか?……そのエビデンスの確⽴を試みるUバンクプロジェクトが、がん治療の可能性を大きく切り拓くことに期待したい。
角田卓也(つのだ たくや)
和歌⼭県⽴医科⼤学卒業。⽶シティー・オブ・ホープがん研究所に留学。東京⼤学医科学研究所准教授などを経て2010年、がんワクチン開発のバイオベンチャー社⻑に就任。16年、昭和⼤学臨床免疫腫瘍学講座の教授。現在は内科学講座の腫瘍内科部⾨の主任教授。腫瘍センター長。
著書に『イラスト解説付き 進行がんを克服する 希望の「がん免疫療法」』、『進行がんは「免疫」で治す “世界が認めた”がん治療』(共に幻冬舎)