がん免疫療法が治療の主流となる時代に
現在、世界では1000以上のがん免疫療法の臨床試験が進行しているという。
これまで、がん治療といえば外科療法、放射線療法、化学療法が主役だったが、新たながん免疫療法薬「免疫チェックポイント阻害剤」の登場などで患者の生存率が向上し、がん免疫療法を受けた患者の中に、治療の効果がカンガルーの尾(テール)のように長く続くケースが存在することが明らかになった。これは「カンガルーテール現象」と呼ばれるものだ。
がん細胞が「免疫にブレーキをかけている」状態では、免疫はがん細胞を攻撃できない。「免疫チェックポイント阻害薬」は、がん細胞が「免疫にブレーキをかける」仕組みに働きかけ、その「ブレーキを外す」ことで、免疫細胞に本来の力を発揮させる。
30年以上にわたりがん免疫療法の最前線で研究を続けてきた専門家である、昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科部門の角田卓也主任教授は、「今後、10年以内にがん免疫療法を受けた人の50%以上が完治するようになります」と大胆に予測する。
「がん免疫療法は、がんそのものに効くわけではなく、患者の免疫システムを変えるので、さまざまながんに対して効果が期待できるのも特徴です。免疫チェックポイント阻害薬の場合、悪性⽪膚がんや肺がんのほか、⾷道がんや胃がん、肝がん、乳がん、腎がん、膀胱がん、頭頚部がん、原発不明がんなどにどんどん⽤途が広がっています」
「がん免疫治療薬は、薬の効果が現れて3年間⽣きられると、その後も5年、10年と進行せずにいられる人が多い。すなわち、完治と考えていい長期生存者が出てきており、それが抗がん剤や分⼦標的薬など、従来の薬物療法に比べて優れている点です。
これをグラフ化したデータの生存曲線が“カンガルーの尻尾” に似ていることから、『カンガルーテール現象』と呼んでいます。これは、がん免疫療法だけに示さる現象です」
「手術できない全身に広がった進行がんでも、がん免疫治療法により亡くならない患者が出ており、がんは、慢性疾患と呼べる時代になりつつあります。今後、カンガルーテールをさらに押し上げ、がんの完治も当然考えられるのです」
免疫療法は“末期がんの治療” ではない
がん免疫療法の用い方について角田教授は、このように訴える。
「がん免疫療法は、いわゆる“第4のがん治療” という位置づけだったので、従来の治療で効果が望めない、手術できない患者さん、末期がんに対する治療、というイメージでした。
しかし、米国では最近ステージ2、3の“手術できる人”にがん免疫治療法が用いられるようになっています。『ネオアジュバンド(手術の前の補助療法)』として、術前にがん免疫療法を行う流れにあります」
「胃がんや食道がんのファーストラインとして、免疫チェックポイント阻害剤の投与が始まっています。がん薬物療法の“主役”になりつつあり、薬物療法にだけでなく、外科や放射線療法なども含めたがん治療全体の“主役”になると思います」
「がん免疫療は、より早い段階から用いるべきだと考えます。そして、免疫チェックポイント阻害剤が“効く人”は、免疫機能が働いている、免疫力が高い、ともいえます。
その免疫に大きく関係するのが腸内細菌叢(フローラ)です。免疫チェックポイント阻害剤が“効く人”は、食物繊維を20g以上食べているという、ひとつの傾向が現れています。
つまり、いい腸内細菌(免疫を高める効果発揮できる腸内細菌)を増やすエサとなる食物繊維を多く食べている人のほうが、免疫力が高くて治療結果も良い、ということです」
「もうひとつは、筋肉量が多いことも、免疫チェックポイント阻害剤が効く人の特徴です。CT で骨格筋量を測定する『PMI:Psoas Muscle Mass Index』が高い、つまり、サルコペニアのひとは免疫機能も低いと思われます」
「翻って、免疫機能が高い状態をつくるということが大切だと考えます。そこで我々は、どういう腸内細菌を持っている患者さんに効果があるのか、どのような腸内細菌に変えると効果があるのか、という点についても解析を進めています」
「いずれ、がん免疫療法によってカンガルーテールが90%を超え時には、WHOも『がんはもはや死に至る病ではなく、慢性疾患である』という声明を出すと予想しています」(角田教授)
がんが慢性疾患になる時代が近づき、これからは、がんが不治の病であることの終わりが始まっている。
角田卓也(つのだ たくや)
和歌⼭県⽴医科⼤学卒業。⽶シティー・オブ・ホープがん研究所に留学。東京⼤学医科学研究所准教授などを経て2010年、がんワクチン開発のバイオベンチャー社⻑に就任。16年、昭和⼤学臨床免疫腫瘍学講座の教授。現在は内科学講座の腫瘍内科部⾨の主任教授。腫瘍センター長。
著書に『イラスト解説付き 進行がんを克服する 希望の「がん免疫療法」』、『進行がんは「免疫」で治す “世界が認めた”がん治療』(共に幻冬舎)