不妊治療の現場で注目されているのは子宮内フローラの改善
不妊治療の中で今最も注目されているのが子宮内のフローラ(細菌叢)だ。腸内フローラはよく知られているが、最近では子宮内フローラが注目され、その検査も可能になっている。
子宮の入り口部分にあたる膣のフローラに関しても様々な報告がなされている。膣は肛門に近いため、雑菌が侵入しやすいところ。さらに性行為のピストン運動によって膣内に小さな傷がついて炎症を起こすと、それが常在菌の中の悪玉菌の増殖につながる。ときには、性行為が感染症の原因になることもある。
このように常に危険にさらされている膣を守っているのが、膣内の善玉菌である「乳酸桿菌(にゅうさんかんきん)」だ。
善玉と悪玉というといわゆる「腸内フローラ」が話題として語られるが、それが拮抗しているのは腸だけではない。実は膣内にも善玉と悪玉の細菌叢があり、腸と同じように善玉菌優位の状態を保つことが膣の健康につながるのだ。
膣における代表的な善玉菌は、乳酸桿菌だ。膣内は酸性値を示すpHバランスの値が、皮膚と同じ3.8〜4.5で酸性に保たれているのが健康な状態だ。
乳酸桿菌はブドウ糖を発酵させて乳酸に変化させることで、膣内を弱酸性に保つ。この環境にあるからこそ、一般細菌の侵入や膣内の悪玉菌の繁殖を防ぐことができるのだ。
一方、悪玉菌の代表的なものには「カンジダ菌」や「膣トリコモナス菌」などがある。膣内の悪玉菌は悪臭を放つものが多く、またかゆみや膣炎などのトラブルの原因にもなる。
乳酸桿菌が性器ヘルペスを予防
2017年6月1〜5日に開催された「米国微生物学会」では、米テキサス大学医学部のグループによって膣に関する興味深い研究結果が発表された。
「膣の乳酸桿菌が、ジカウイルスや単純ヘルペスウイルス2型の感染を防御する可能性が高い」というものだ。
テキサス大のグループは、健康なドナーの膣から採取した「微生物叢」を用いて、「乳酸桿菌が多い叢」と、「乳酸桿菌が存在しない叢」を培養し、それぞれにジカウイルスと単純ヘルペス2型を感染させ、2日後に残存しているウイルス量を測定している。
結果は、「乳酸桿菌が少ない叢」では、より多くの単純ヘルペスウイルス2型が複製されることがわかった。ジカウイルスについては結果が一貫していなかったものの、「乳酸桿菌の多い健康な膣の細菌叢が、性感染症の原因となるウイルスの感染を制限または予防する可能性がある」との見方を示している。
生活改善と乳酸配合ジェルで弱酸性を保つ
子宮内フローラの細菌叢は菌の数が少ないものの種類はほぼ腟と同じだと言われる。
「子宮内フローラに関しては数年前から学会などで話題になっていました。海外でラクトバチルス(Lactobacillus)という種類の常在菌が支配的であるほうが体外受精での妊娠成功率、生児獲得率ともにいい数字となっていることが報告されています。当院では反復着床不成功(RIF)の患者さんに子宮内フローラの検査を勧めています。その結果、フローラのバランスが乱れていれば改善策を提案しています。子宮内フローラも腸内フローラ同様に変えることができるからです」と話すのは新橋夢クリニックの瀬川智也院長瀬川院長。
瀬川院長が話す報告とは、2016年に発表された重要な研究。
スペインと米国の研究者らが、妊娠成功群と妊娠不成功群で子宮内のラクトバチルスの量を調べたところ、妊娠不成功群ではラクトバチルスが少ない傾向にあることを発見した。ラクトバチルスが90%以上を占めるグループ(支配群)と90%未満のグループ(被支配群)で、各群の体外受精後の臨床妊娠成績を調べたところ、支配群では妊娠成功率が70.6%、生児獲得は58.8%であったのに対し、非支配群では、妊娠成功率が33.3%,生児獲得率は6.7%と低く、子宮内細フローラが、着床のみならず妊娠継続にも寄与する可能性が指摘されたのだ。(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27717732)
瀬川院長によると、フローラ改善のためのアプローチは大きく分けてふたつ。生きた有用な菌そのものを体内に取り込む<プロバイオティックス>と、特定の細菌を増殖させることなどで有益に働く食品成分を摂取する<プレバイオティックス>だ。前者は乳酸菌製剤や乳酸菌食品となり、後者は食生活を改善し葉酸、ビタミンE、カルシウムなどを摂取して体内環境を調整する方法だ。
「当院では、プロバイオティックスとプレバイオティックスの併用を行っています。特に後者では食物繊維摂取の代用にもなる吸収効率のいいラクトフェリンのサプリメントを導入しています」(瀬川院長)
こうしたプロバイオティックスとプレバイオティックスを併用した療法は、シンバイオティクスと呼ばれ、最近の医療の世界で最も注目され、その効果を積極的にとらえた報告例も増えている。
瀬川院長によると子宮内フローラ検査を行いフローラの環境改善をすることによって、RIF患者さんの半数近くが妊娠に至っているという実感を持つという。
最近では、子宮体がんや子宮内膜症と関わる菌も発見され、子宮内の菌環境と女性の健康が密接にかかわっている可能性が次々と報告されている。まだまだ解明されなければならないエビデンスは多いものの、膣や子宮内のフローラの機序が解き明かされてくれば、不妊や女性疾患の診断と治療に大きく貢献できる可能性がある。