発展途上国から米国に移住すると、オリジナルの腸内細菌叢が上書きされていく!?
なぜヒトは肥満、メタボリックシンドローム、アレルギー、喘息、糖尿病、がんなどになるのか。
もちろん、食生活や運動不足、それ以外にもさまざまな要因が複雑に絡み合っているが、やはり「腸内フローラ」が最も注目されている。正式にはマイクロバイオーム(腸内細菌叢)とよばれる。
21世紀に入り、数々の疫学研究が明らかにした知見は「食習慣がマイクロバイオームを一変させる」という明白なエビデンスだ。
マイクロバイオームは民族や人種でも固有のバランスがあり、そのバランスとさまざまな疾患との関係も研究も進んでいる。
発展途上国から米国に移住して肥満リスクが高まる
たとえば、「発展途上国の住民は、米国の住民よりもマイクロバイオームの多様性が高いため、腸管内に有益な微生物が多く存在する。だが、マイクロバイオームの西欧化で肥満リスクが高まる可能性がある」と警告する研究がある(細胞生物学専門誌「Cell」2018; 175: 962-972.e10)。
発表によれば、米ミネソタ大学のダン・ナイツ教授らの研究チームは、タイに居住しているモン族(女性)、カレン族、米国に移住した両民族およびその子供の計514例(18~78歳)と、米国で生まれた欧州系米国人36例を対象に便サンプル、食事や身体測定データを集め、「移民によるマイクロバイオームと肥満」の関連を解析した。
便サンプルでは、リボソームの塩基配列を調べる「16S rRNA遺伝子解析」と微生物の多様性を調べる「ショットガンメタゲノム解析」を組み合わせてDNAシークエンシング(塩基配列の決定)を行い、マイクロバイオームの変化を観察した。
その結果、移住直後の6~9カ月間のモン族とカレン族のマイクロバイオームは、食物繊維の分解作用が強いプレボテラ属の細菌が優位だった。
一方、移住後10年間のマイクロバイオームは、バクテロイデス属の細菌が優位を保ち、食物繊維を分解する酵素も減少した。米国に長く居住すればするほどマイクロバイオームの多様性も減少したのだ。
プレボテラ属は食物繊維を多く摂取する東南アジア人の腸に生息し、バクテロイデス属は肉類を多く摂取する欧米人の腸に生息する。
つまり、発展途上国の住民は米国の住民よりもマイクロバイオームの多様性が高いが、移住すると食事の西欧化によって食物繊維の摂取が少なくなり肥満リスクが高まる可能性があるのだ。
ナイツ教授によると、「移民は食事の西欧化によってマイクロバイオームや酵素も一変させるので、食習慣の変化が健康に悪影響を及ぼす可能性があり、この研究成果は肥満治療の重要な知見になる」と説明している。
より良い生活を夢見て米国移住したものの、腸内フローラの多様性を失い、肥満やそのほかの生活習慣病のリスクが高まるとは、なんと皮肉なことだろうか。
もともと民族や地域でマイクロバイオームは大きく異なる。日本人はビフィズス菌が多く、バクテロイデスが少ない、さらにプレボテラが少ない。一方で、中国とアメリカでは、ビフィズス菌が少ない、バクテロイデスが多い、プレボテラが中程度に多いという違いがある。善玉菌、悪玉菌の役割分担さえ違ってきそうだ。
マイクロバイオームは生まれてから幼少期でほぼ自分固有のオリジナルのバランスが固定される、それが移民によって変化するのは注目すべき研究だ。
途上国への出張で米国人の腸内微生物に大きな変化
食習慣がマイクロバイオームを一変させるとする研究は、ほかにもまだある。
米ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の研究グループは、1年間にわたって健康な成人男性2人の食事や行動の履歴、腸内と唾液中の細菌の変化を調べた10万サンプルに及ぶ研究成果を「ゲノム・バイオロジー」(2014年7月)に発表している。
調査の結果、マイクロバイオームと睡眠、運動、その日の気分との関係に大きな影響は見られなかった。だが、被験者が途上国に出張した時にマイクロバイオームは大きな影響を受けた。さらに食物繊維が豊富な食事を摂取すると、翌日にマイクロバイオームの15%に顕著な変化があった。
以上の知見から、研究グループは、マイクロバイオームと食物繊維の摂取やライフスタイルとの関係は極めて大きいと結論づけている。
腸内微生物は食べ物や食物繊維の消化を助け、必須ビタミンを合成し、ホルモン系・免疫系・神経系を正常化し、ホメオスタシス(生体恒常性)保ちながら、病原菌の侵入からマイクロバイオームを守り、病気の発症や予防に役立っているのだ。
マイクロバイオームが乱れると、インフルエンザや風邪、鼻炎やアトピー性皮膚炎、消化不良や便秘、下痢などを発症しやすくなり、肥満などの生活習慣病を招きやすくなる。
マイクロバイオームを快適に保つためには、乳酸菌やビフィズス菌を含むヨーグルトをはじめ、食物繊維、オリゴ糖、味噌、醤油、納豆、ぬか漬け、なれ寿司などの発酵食品の摂取が欠かせない。
最近の便移植の研究では、長期的に見るとほとんどの被験者が元の固有のマイクロバイオームに戻ってしまっている。果たして移民での生活で完全にオリジナルのマイクロバイオームが消え、本当に新しいマイクロバイオームに上書きされたのか、今後の研究に注目したい。