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がん免疫の強力な調整役としての腸内細菌をAIで解析

「大腸がんのがん多段階発生説で高名なフォーゲルスタイン教授が2017年に がんと腸内細菌の関係に注目しており、やがて腸内細菌の時代がやってくるとニューヨークタイムズ紙で指摘しています」と話し始めたのは昭和大学臨床薬理研究所の吉村清臨床免疫腫瘍学部門教授。

教授の指摘通りこの時期以降、腸内細菌とがんの関係に関する多くの研究や論文が出てきている。その背景には次世代シークエンサーによって細菌叢自体を培養することなくそのまま直接シークエンスすることで網羅的に解析することが可能になったという技術革新が大きな進歩をもたらした。腸内細菌の大部分は培養が困難なため数十種類程度の培養を行うだけで大変な作業であり、頻回には行えない。この腸内細菌を培養しなくても菌の遺伝子解析が出来るようになったことで数百種類の腸内細菌のことを容易に調べることが可能となった。その技術革新は現在もまだ進行形で、データの精度がどんどん高くなってきている。過去のデータが古くなり新しい知見が蓄積されているのが、腸内細菌研究の最前線だ。

がん化とがん抑制に関係する腸内細菌

「腸内細菌とがんの関係については、先行する研究で腸内細菌の抽出物が免疫を動かし、炎症を発生させがんを引き起こすということが証明されたり、一方では米国のピッツバーグ大学の研究グループあるいはイスラエルのテルアビブ大学と米国ペンシルベニア大学の共同研究グループが悪性黒色腫に対してチェックポイント阻害剤という抗がん剤がよく効いた人の便を効かない人に移植したところ、チェックポイント阻害剤が効くようになったという便移植の研究が注目されました。(https://www.science.org/doi/10.1126/science.abf3363)(https://www.science.org/doi/10.1126/science.abb5920

つまり炎症を起こしがん化するトリガーを引く腸内細菌の存在や抗腫瘍効果を持つ菌の存在が示されたわけです」と吉村教授。

現在、腸内細菌は1000種以上、数にして40兆個以上いるとされる。この腸内細菌の数も、かつては100兆個とされていたが、近年の技術的進歩により、情報が更新されたように、常に情報が更新されている。

地域別の腸内細菌の特徴も違うとされている。日本人の腸内細菌の特徴は善玉菌とされるビフィズス菌が多く、バクテロイデスとプレボテラが少ない。一方、ロシアやアメリカ、中国などでは相対的にビフィズス菌が少なく、バクテロイデスが多く、プレボテラが中程度に多いということがわかっている。

「これまでビフィズス菌が善玉菌の代表とされ、その一方で悪玉菌の一つにプレボテラがあるとされていました。こうした定説も覆る可能性がある。例えばこの研究所にもいらっしゃいました元Jリーガーの鈴木啓太さんのグループは、マツコ・デラックスさんの腸内細菌を測定し、ビフィズス菌がほとんどいなくてプレボテラが非常に多いという独特の腸内細菌パターンを持っていることを、マツコさんご自身がTVでお話しされていました。実は我々も同様の腸内細菌叢のパターンを持つグループを見つけており研究していますが、必ずしも従来の枠組みに当てはまらないことが判明しています。あるいはアメリカのテキサスの研究グループでは一定量の食物繊維を摂取下にビフィズス菌を整腸剤として内服すると、がん免疫に悪い作用を及ぼしたという研究もあります。(https://www.science.org/doi/10.1126/science.aaz7015)」これらの結果は、必ずしもビフィズス菌の内服が、がん患者にとって良くないことに直接結びつくわけではありませんが、今後の研究で明らかにしていく必要があります。(吉村教授)

腸内細菌は主に胎生期から幼少期、小学校の低学年ぐらいまで揺れ動きながら定着すると考えられている。世界中の多くの国がこの20年ぐらいでだいぶ食生活が変化しているはずであるから、ますます、過去の腸内細菌のデータが使いづらくなっているとも言われる。

U-BANKプロジェクト

昭和大学を中心としたU-BANKでは、がん患者さんの便を中心に健常者の便を含め膨大なデータの蓄積を行っている。そこで証明されつつあるのは、腸内細菌は多様性とバランスが重要だということだ。

「食道がんの患者さんの腸内細菌を調べたところ、再発がある方の腸内細菌は菌種の幅が狭いのですが、再発の無い方の腸内細菌は多様性があるという結果が出ました。このことはやはり腸内細菌の多様性が重要であることを示唆しています。

一般的に口腔内の菌の数は約1億個/gですが胃に到達すると胃酸の影響で1000個/g程度まで落ち、大腸では再び増殖し1000億個/gになります(K H Wilson 1, R B Blitchington :Appl Environ Microbiol 62:2273-2278,1996 /

A H Franks,et al… Appl Environ Microbiol 64:3336-3345.1998)。しかし、胃酸を抑える薬を服用していると本来胃酸で排除されている菌が生き残り、がんにとって悪い菌が相対的に増えてしまう可能性があります。さらに悪いのは抗生物質です。腸内細菌の多くは良い菌とされていますが、抗生剤によってこの抗腫瘍効果のある良い菌まで殺してしまいます。つまり菌同士のバランスと多様性は非常に重要なのです」

最近の研究では、腸内細菌の代謝産物、抽出物、あるいは菌そのものががんの形成や免疫細胞に働きかけることが次々に報告されている。

例えば大腸がんの発がんや進行に関連しているとされるのが歯周病の原因菌として知られるフソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)だ(出典)。あるいは、腸内細菌叢に含まれる細菌の中で腸管毒素原性Bacteroides fragilis (ETBF)が結腸の炎症および腫瘍を誘発することなども報告されている(Nature Medicine volume 15, pages1016–1022 (2009))。中でも、酪酸などの短鎖脂肪酸は、代謝産物の中でも免疫に強い影響を与えていると考えられている。その一部は、抗腫瘍効果を発揮する免疫を増強するとして期待されている。

高齢者の腸内細菌と便移植の可能性

U-BANKでの研究について、「腸内細菌は年齢によっても腸内細菌は大きく変化しますから、年齢との関係性にも注目して研究を進めています」と吉村教授。

続けて、「がんの死亡率は高齢とともに高くなります。それも60歳から急速に死亡率が上がるのですが、腸内細菌も60歳を境に急速に悪いと言われる一部の腸内細菌が増えていくことがわかってきました。

U-BANKでは、がん患者さんと正常な人で年齢と腸内細菌がどう変わるかの解析をしています。これは免疫療法や化学療法をした人、予後のいい人と悪い人の腸内細菌を比較するものです。高齢化で増える腸内細菌と予後の悪い人の腸内細菌で共通するものがあるのではないかと考えています」と説明する。

前述した便移植については、「世界的に研究段階になりますが、さまざまな論文を検討すると1回の移植での効果のある研究もあるものの、やはり継続的な便移植の方法の確立が必要そうですし、経口で確実に腸まで届くカプセルの開発なども視野に入れています。しかし、最も現実的な将来の治療の形は、便移植で本当によく効く成分や代謝産物を特定し製剤化することだと考えています」(吉村教授)

便移植の研究に力を発揮すると期待されるのが特定の微生物のみが定着した状態のノトバイオートマウス。このマウスで便移植の基盤的研究が進むことで、臨床試験をさらに進展・加速化させていけるのではないかと期待しているという。

U-BANKで一番大事なのは「情報」

UBANKでは、がん患者、健常人すべての疾患や生活の背景を集約化し、情報として蓄積している。

「現在、がん患者さんの高齢化に伴い、複数の合併疾患を持つ方など、標準治療から外れてしまう患者さんが急増しています。そうした方を受け入れている状況で、日に日に、治療の選択肢に困る患者さんが増えています。

おそらく当大学ではがん免疫療法に力を入れているため、そうした治療に期待される方も少なくないと思われます。がん治療全体に占める免疫治療の割合も高くなってきました。その場合は腸内細菌の影響に注目しながら治療を進めることも重要になってくると考えられますので、U-BANKデータの必要性、重要性が高まっていくと思います」

吉村教授はU-BANKのデータの重要性が増している現状を説明する。

前述したように、地域によって腸内細菌のパターンが大きく違うため、海外のデータを参考にしながらも日本で抗腫瘍効果があるもの、がん化を進めるものの両方の腸内細菌の特定をしていかなければならない。

「もう一つ取り組んでいるテーマは腸内細菌の中に治療の効果や患者さんの予後を予測できるマーカーとなるバイオマーカーの探索です。これまで腸内細菌を用いたバイオマーカーは確定されていませんのでそうした発見ができるのではないかと考えています」と大きな期待を寄せる。その背景には次のような理由がある。

「U-BANKで最も重要なものは情報です。現在、AIを活用しながらランダムフォレストを応用した手法を使い、学習しながらパラメーターをチューニングする手法で膨大なデータを解析しています。その結果として例えばAIが選んだ上位数種類の細菌を用いれば、バイオマーカーになる可能性があるといった結果が出てきます。近い将来、腸内細菌とがんの関係に関する新しい発見を数多く報告できると考えています」と吉村教授は期待を語る。/

吉村 清(よしむら きよし) Kiyoshi YOSHIMURA M.D., Ph.D., M.O.T.

昭和大学 臨床薬理研究所 臨床免疫腫瘍学部門 教授

(併任)

昭和大学 医学部 内科学講座腫瘍内科学部門 兼担教授

略歴

1993年 山口大学医学部卒業

1993年 山口大学外科学第2講座(現消化器・腫瘍外科学)医員

2001年 山口大学大学院終了 (医学博士)

2002年 ジョンズホプキンス大学腫瘍科・外科 ポストドクトラルフェロー

2006年 同常勤ビジティングアシスタントプロフェッサー

2007年 同アシスタントプロフェッサー 

2010年 山口大学大学院医学系研究科消化器・腫瘍外科学 助教

2013年 山口大学技術経営大学院(社会人枠)終了 

(技術経営学修士:MOT)

2014年 国立がん研究センター 先端医療開発センター免疫療法開発分野 (築地) 分野長、

中央病院先端医療科 医長

2018年 昭和大学臨床薬理研究所 臨床免疫腫瘍学寄付講座 教授 

/昭和大学医学部 内科学講座腫瘍内科学部門 兼担教授

/国立がん研究センター中央病院 先端医療科 客員研究員

2020年 昭和大学臨床薬理研究所 臨床免疫腫瘍学部門 教授 (現職)

/昭和大学医学部 内科学講座腫瘍内科学部門 兼担教授 (現職)