次第に解明されてきた脳と腸の深い相関性
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これまで、「ストレスが原因ですから、生活などのライフスタイルを見直すことが重要です」と診断されるぐらいだったものが、最近の研究によりこのような脳腸相関をある程度科学的に説明することが出来るようになってきた。
過敏性腸症候群の病態においては、腸内フローラの異常、短鎖脂肪酸などの腸内環境の異常により、腸から脳への信号伝達に異常が生じているという。
消化管内腔の粘膜細胞に刺激が加わると、この信号は迷走神経下神経節を介して延髄孤束核へ、また、脊髄後根神経節を介して視床、皮質へ伝えられると考えられている。これが内臓知覚といわれるものだ。この内臓知覚には消化管壁内に存在している内在性知覚ニューロンからの信号も関係していると考えられている。特に、この内在性知覚ニューロンの情報伝達にはセロトニン3受容体(5-HT3受容体)が関与していると考えられており、過敏性腸症候群の下痢型の治療薬として5-HT3受容体の拮抗薬が著効することが証明され、臨床応用されている。腸内細菌のなかで神経伝達物資であるγアミノ酸(GABA)を産生する菌があることも確認されている。この菌が少ない子どもは、行動異常、自閉症などになりやすいとされているのだ。自閉症の子どもに対して腸内環境の改善による治療も試みられている。
ストレスホルモンのCRF
ストレス下で脳から腸へのシグナルの最初は視床下部の室傍核から分泌されるのは副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)。このCRFは、下垂体前葉の副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌を刺激し、ACTHは副腎皮質からの糖質コルチコイド分泌を刺激し、ストレスに対して適応する様々な生体反応を起こす。いわゆる視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)といわれるストレス応答だ。さらにCRFは下部消化管(結腸)の運動亢進を起すとされ下痢型過敏性腸症候群のモデルとして使用されている。
こういったCRF投与によるストレス負荷を受けた腸管では、平滑筋刺激による運動亢進だけでなく、腸内の細菌叢にも変化が生じるようだ。脳内のストレスが腸管に何らかのシグナルを送り、細菌叢に働きかけている。ラットの実験では、CRFを注入する前にラットに水溶性食物繊維を前もって投与しておくと、この腸管運動亢進が抑制されることも報告されている。つまり、様々なストレスに対して腸管内からのアプローチが可能になってきているのだ。
幸せホルモンのセロトニン
私たちが脳で幸せを感じるもとになる「幸せ物質」のひとつがセロトニン。このセロトニンが脳内で正常に作用すると、ヒトは前向きな気持ちを保ち、幸せを実感し、健康ですごせるとされている。セロトニンが不足すると、怒りやすく、時間が経過してもそれを抑えられなくなり、キレやすくなる。実は、このセロトニンは腸管で作られている。さらに、このセロトニンの生成に特定の腸内フローラが関与することが明らかになってきた。無菌マウスの血中セロトニン濃度が通常環境で飼育されているマウスに比較して低濃度であり、無菌マウスは落ちつきがなくなる。このようなマウスを普通の環境に戻したり、乳酸菌などを投与すると、マウスは落ちつきを取りもどす。子どもの脳の発達には腸内細菌の働きが大変重要であるようだ。
腸内フローラを決めるのはライフスタイル
腸内細菌にはカラダにとってよい作用をする有用菌(善玉菌)と悪い作用をする悪用菌(悪玉菌)が競り合って住んでいる。この種類の多くは7歳ぐらいまでの生活で決定されるが、その後も腸内細菌の種類、量は多くの因子の影響を受ける。
有用菌を増加させるために最も重要なものが食物繊維です。特に水溶性の食物繊維が大事だ。大便の80%は水分で、残りの20%は剥がれた腸粘膜細胞、食べ物のカス、腸内細菌だ。重要なポイントは、大腸で「発酵」といわれる反応を上手く導き出すことで、この発酵反応には、材料としての食物繊維と主役の有用菌の存在が必須だ。ところが困ったことに、日本人の食物繊維の摂取量は年々減少して、最近の調査によると、成人の1日当たりの食物繊維の摂取量は男女ともに15gほどに低下している。10代、20代では10g前後と極めて少なくなっている。食物繊維を多く含む食材としては、野菜、芋類、キノコ類、海藻類、豆類などがあるが、現在の日本人は平均で5~10gの食物繊維不足と考えられる。発酵食品は日本でなじみある納豆、酢、みそ、しょうゆ、日本酒、漬け物、ヨーグルトなどだが、これらの発酵食品の製造には、カビ、酵母、細菌などの微生物、いわゆる発酵菌の働きが必要です。もっとも重要な作用は、このような発酵菌が腸内フローラを有用菌に変化させることと考えられる。ポリフェノールにより腸内細菌の有用菌が増加することも分かってきた。